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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)2385号 判決

原告

丸晶興産株式会社

右代表者代表取締役

赤城明

右訴訟代理人弁護士

大野了一

荒木俊馬

被告

株式会社三井銀行

右代表者代表取締役

草場敏郎

右訴訟代理人弁護士

各務勇

牧野彊

右訴訟復代理人弁護士

鈴木春樹

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一二五万二一四八円及びこれに対する昭和六〇年三月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外中嶋物産株式会社(以下「訴外会社」という。)は、別紙約束手形目録記載の約束手形一通(以下「本件手形」という。)を振り出し、原告は、同目録記載のとおりの手形の所持人であつた。

2  原告は、本件手形を、訴外東都信用組合恵比寿支店(以下「訴外組合」という。)に裏書譲渡した。

3  訴外組合は、支払期日に本件手形を支払場所である被告神田支店において呈示したところ、被告は支払を拒絶した(以下本件支払拒絶という。)。

4  被告の右支払拒絶は、次のとおり、原告に対して不法行為となる。

(一) 被告は、昭和五八年一二月九日当時、訴外会社との間で、訴外会社が振り出した約束手形の支払事務処理の委託を含む当座勘定取引契約を締結していた。

(二) 被告は、横浜地方裁判所小田原支部から左記のとおり支払禁止仮処分の決定(以下本件仮処分という。)を受けた。

(1) 当事者

債権者 訴外会社

債務者 訴外安里直(以下訴外安里という。)

第三債務者 被告

(2) 主文

(ア) 債務者は別紙約束手形目録記載の約束手形を取立て、又は裏書譲渡その他一切の処分をしてはならない。

(イ) 第三債務者は別紙約束手形目録記載の約束手形に基づき債務者に支払をしてはならない。

(三) 本件仮処分は、仮処分の当事者以外の者である原告及び訴外組合には効力が及ばないから、被告は、訴外組合の支払呈示に対し、本件仮処分の存在を理由として支払拒絶をすることはできず、被告と訴外会社間の当座勘定契約(支払委託契約及び当座預金契約ないし当座貸越契約を含む。)、右契約の基礎となる当座勘定規定、商慣習、並びに手形交換所規則、同施行細則等に基づき、本件手形金を支払い、あるいは、東京手形交換所規則及び同施行細則に規定されているいわゆる一号不渡事由又は二号不渡事由を理由とした支払拒絶をすべき義務を手形所持人等、手形取引関与者に対して負つていた。

その理由は次のとおりである。

(1) 現在の我国における手形の大半は、全国約七七〇の手形交換所を経由して交換決済により取り立てられている。しかも、これらの手形は、いずれも加盟銀行が発行する手形用紙が用いられ、かつ、支払場所も加盟銀行とするものばかりであり、これ以外の手形は事実上流通性を有しない。従つて、現在の手形取引は銀行の関与なしには、全く存在し得ないと言つても過言ではない。

(2) 現行手形交換制度、取引停止処分制度等は、右のような観点から運用されているものであり、従つて、加盟銀行は、当然に右制度の基礎となる手形交換規則、同施行細則、当座勘定規定、商慣習等の拘束を受けることになるが、右制度趣旨が手形の流通促進と信用秩序の維持を計るものである以上、加盟銀行は、また、右制度を利用して手形取引に関与する者に対しても、同様の注意義務を負担するものと解すべきである。けだし、もし、加盟銀行が、手形所持人等の手形取引関与者に対しては、右に基づく一切の注意義務を負わず、例えば、支払拒絶理由について恣意的に選択判断をすることが出来るとすれば、右制度趣旨は、その根底から覆されてしまうからである。

(3) 以上からすれば、本件仮処分のごとく、仮処分当事者以外の者に対してはその効力が及ばない仮処分命令の場合には、被告は、訴外会社に対し、本件仮処分は、訴外組合に対して効力が及ばないから、右組合の支払呈示に対して本件処分を理由として支払拒絶をすることはできず、不渡処分を免れるためには、本件手形を決済するか、又は異議申立預託金を預託して支払拒絶をする以外には方法がない旨を説明すべき義務があつたものというべきである。

(四) しかるに、被告は、右義務を怠り、訴外会社の指示に従い、本件仮処分を理由として本件手形の支払を拒絶し、訴外会社に異議申立預託金の預託も免れさせた。

(五) そのため、原告は、訴外組合に本件手形の手形金額一五七万五〇〇〇円を支払つて本件手形を受け戻さざるを得なかつた。

(六) 原告は、昭和五九年一月一八日、訴外会社を被告とし、東京地方裁判所に対し本件手形金の請求訴訟を提起し(昭和五九年(手ワ)第七〇号)、同年三月一四日勝訴判決を得た。そして、原告は、さらに、同年五月一四日、右判決に基づき、東京地方裁判所に対し、債権差押命令の申立をなし(昭和五九年(ル)第二一一五号)、同月二四日右命令が発せられたが、第三債務者である被告に対する預金合計金三二万二八五二円は回収できたものの、既に訴外会社の支払能力はなくなつていた。

(七) 訴外会社は、本件手形の支払呈示時の前後において、少なくとも、銀行預金合計金一一三一万二一四一円、及び仮処分の保証に供しその後取戻した保証金合計金七〇五万円、総計金一八三六万二一四一円の資金を有しており、かつ、営業も行つていた。さらに、訴外会社は、本件手形の支払呈示時の前後である昭和五八年一一月一日から同五九年三月一三日までの間に合計金一億一六八一万八〇九六円を訴外中央信用金庫の当座に入金していた。また、訴外会社及び訴外中嶋米久(以下、訴外中嶋という。)は、昭和五八年一二月一〇日以降同五九年三月三〇日までの間に訴外中嶋及びその親族の共有にかかる東京都大田区久が原四丁目八一一番一の宅地及びその地上建物を担保として、合計金七四六八万円を借り入れている。なお、右借入の内一部は、いずれも訴外中嶋個人が債務者となつているが、同人は、訴外会社の代表取締役であり、しかも訴外会社は実質上訴外中嶋の個人会社であつて、右借入の時期、金額、債権者等の事情を総合して判断すれば、右個人名義による借入は訴外会社のためになされたものであると推認することができるのであり、仮に、そのすべてがそうでないとしても、右借入の事実からして、訴外中嶋は、訴外会社のために右土地建物を担保として自由に資金調達をはかることができたことは明らかである。

(八) 従つて、被告が、前記(三)記載の義務を尽くしていれば、訴外会社は直ちに右保証金を取り戻し、あるいは、銀行預金を引き降ろすなり担保化する等して、本件手形の不渡処分を免れるため、本件手形の決済をするか、または、異議申立預託金を預託する等の処置をとつていたのである。

仮に、被告が異議申立預託金を預託していれば、原告は被告の預託した異議申立預託金を仮差押することによつて、本件手形の手形債権を保全することができ、かつ、前記判決に基づく強制執行によつて本件手形の手形金を回収することができたものである。

(九) 従つて、原告は、被告の前記(三)記載の義務違反の過失により、本件手形の手形金一五七万五〇〇〇円のうち、既に回収した三二万二八五二円を控除した一二五万二一四八円の回収ができなくなり、同額の損害を被つたことになるから、被告は原告に対し、右損害を賠償すべき不法行為責任を負う。

5  よつて、原告は被告に対し、不法行為による損害賠償として金一二五万二一四八円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六〇年三月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は不知。

3  同3の事実は認める。

4  同4(一)、(二)は認める。

5  同4(三)は争う。

本件手形が被告神田支店に支払呈示された昭和五八年一二月九日当時においては、支払禁止仮処分が発せられた場合、適法な呈示でないという事由(東京手形交換所規則六三条一項但書、同施行細則七七条一項末尾)で不渡届不要、異議申立提供金不要(いわゆる○号不渡)として取り扱うことが認められていた。そして、被告神田支店は、訴外会社より支払拒絶の指示を受けて、右指示に従つて本件手形の支払を拒絶したのであるが、本件仮処分が発せられていたことから、前記の如く当時容認されていた取扱例に倣つて、本件仮処分を不渡事由として記載したのである。被告の採つた支払拒絶の措置には何ら違法の点はない。

なお、手形の支払禁止仮処分が濫用された事例が多かつたことから、東京銀行協会では、昭和六〇年三月五日、東京手形交換所規則、同施行細則の改正を決定し、手形面の最終権利者が仮処分決定主文中における債務者または裁判所執行官の場合だけ「○号不渡」となり、不渡届の提出は不要であり、これらの者以外の場合には一号不渡又は二号不渡となり、不渡届の提出を必要とすることとし、右改正は同年四月二二日から実施された。

また、原告は、被告は、原告主張の義務を手形所持人等の手形取引関与者に対して負つていた旨主張するが、被告は、東京手形交換所の参加銀行として東京手形交換所に対してその規則及び規則に基づく交換所の決定事項を遵守する義務を負つている(同規則四条)だけで、手形所持人に対しては別段そのような義務を負つている訳ではない。このことは手形交換所規則が手形交換所の加盟銀行が定めた私的自治法であることから当然であり、東京手形交換所規則五章が、加盟銀行の同規則所定の手続違反につき、「交換所に対し」罰則を負うことを定めているにすぎない(七二条ないし七五条)ことからも明らかである。支払銀行が特定の契約関係のない第三者である手形所持人等に対して原告主張の如き義務を負う根拠はなく、不当な支払拒絶かどうかは所持人と振出人との間で問題になるだけで、支払銀行たる被告が原告に対して不法行為責任を負ういわれはない。

6  同4(四)中、被告が訴外会社の指示に従い本件仮処分を理由として本件手形の支払を拒絶したことは認めるが、その余は争う。

7  同4(五)は不知。

8  同4(六)中、原告がその主張の金額を回収したことは認めるが、その余の事実は不知。

9  同4(七)は不知。

10  同4(八)は争う。

11  同4(九)は争う。

訴外会社は、本件手形の満期当日である昭和五八年一二月九日、被告において当座預金一万五四五六円、普通預金三万五四三一円合計五万八八七円の預金を有していたにすぎないから、到底額面一五七万五〇〇〇円の本件手形の決算資金の用意はなかつた。

また、原告主張のように訴外会社が他の金融機関に預金を有し、手形の支払禁止の仮処分申請事件の保証金を供託していたとしても、本件手形の決済資金たるべきものは、訴外会社が本件手形の支払場所たる被告神田支店において、右手形の支払期日である昭和五八年一二月九日に有していた預金だけであるから、右事実は本件とは何ら関係がない。つまり、本件手形の振出人である訴外会社は、被告神田支店において、その支払期日に右手形の決済資金を有していなかつたのであるから、本件仮処分があろうとなかろうと、それとは係わりなく、本件手形は預金不足の理由により不渡返還となるべきことを免れなかつたはずのものであり、被告神田支店の本件支払拒絶と原告主張の損害発生との間には相当因果関係の存在を認めることができない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一訴外会社が本件手形を振出し、原告が本件手形の所持人であつたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、本件手形の受取人兼第一裏書人は訴外可児豪(以下訴外可児という。)であり、原告は、訴外可児から白地式裏書の方法で本件手形を譲り受け、同じく白地式裏書の方法で訴外組合に譲渡したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二訴外組合が本件手形を支払期日に支払場所である被告神田支店に支払呈示したところ、被告が本件仮処分を理由に支払を拒絶したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、原告は、裏書人として訴外組合に本件手形の手形金を支払つて本件手形を受け戻し、請求原因4(六)記載のとおり、訴外会社に対して手形訴訟を提起し、その手形判決によつて訴外会社が被告に有していた預金合計三二万二八五二円を差押え、右預金相当額の手形金を回収した(原告が右金額を回収したことは当事者間に争いがない。)が、訴外会社にはそれ以上の資産がないため、本件手形金の残金は回収できていないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

三原告は、被告は、手形所持人等、手形取引関与者に対して本件手形金を支払うか、仮に支払拒絶するとしても、いわゆる一号不渡事由又は二号不渡事由を理由とした支払拒絶をすべき義務を負つていたのにこれを怠り、債務者である訴外安里に対してしか効力の及ばない本件仮処分を理由に支払拒絶をした過失があり、被告は右過失行為によつて本件手形の手形取引関与者である原告が被つた損害を賠償すべき不法行為責任がある旨主張するので、原告主張の右責任原因(違法性も含む)について検討する。

1  本件手形の支払期日である昭和五八年一二月九日当時、訴外会社と被告との間には当座勘定取引契約が締結されており、右契約の一部として、訴外会社が振り出す約束手形につき被告(神田支店)が訴外会社の当座預金を資金として支払をなすことを約束した支払委託契約が締結されていたこと及び被告が第三債務者として受けた本件仮処分の内容は、請求原因4(二)記載のとおりであり、訴外組合及び原告は右仮処分の債務者ではなかつたことは当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  訴外会社は、昭和四一年に設立され、訴外中嶋が代表取締役として経営していた資本金八〇〇万円の会社であつたが、昭和五七年三月ころ、不動産取引についてくわしい者として採用した訴外可児が、訴外会社の代表者印を冒用して、自分の資金繰りのために訴外会社を振出人とする約四〇通の約束手形を振り出したため、昭和五八年九月ころから右手形金の支払請求を受けるようになつた。

(二)  訴外可児は、右手形の一部については、自ら決済したり、依頼返却してもらつたりしていたが、昭和五八年一〇月初めころ、訴外森武市弁護士(以下訴外森弁護士という。)を訴外中嶋に紹介し、右手形のうち本件手形を含む一〇通位の手形(額面総額一四〇〇万円から一五〇〇万円位)について手形の取立・支払禁止の仮処分を申請するように勧めた。

(三)  訴外会社は、訴外可児の振出した手形の処理に追われ一部については異議申立預託金を預託していたほか、訴外可児に対する一五〇〇万円の不良貸付の処理にも追われていたため、訴外中嶋は、訴外会社の倒産を防ぐためには、訴外可児の勧めに従つて手形の取立・支払禁止の仮処分の申請を訴外森弁護士に委任せざるを得ないと判断した。

(四)  その後、訴外森弁護士は、訴外中嶋の委任に基づき、横浜地方裁判所小田原支部に訴外可児の振り出した手形の取立・支払禁止の仮処分の申請をし、その仮処分決定を得た(但し、仮処分の保証金は訴外可児が用意した。)。

右仮処分申請との前後関係は必ずしも明らかでないが訴外中嶋は、昭和五八年一一月一四日ころ、被告神田支店を訪れ、同支店の営業課長、営業副課長らに会つて、訴外会社の元社員が勝手に代表者印を使つて手形を振り出したが、それらの手形は無効であるから支払を停止してほしいと申し入れた。その際、訴外中嶋は、既に訴外会社は手形の支払禁止の仮処分の申請をしたので、その決定が被告に送達されたら右仮処分を理由に支払を停止してほしい旨記載された上申書を交付した(但し、この上申書に記載されていた仮処分は、本件仮処分とは異なるものと判断される。)。

(五)  昭和五八年一一月二二日ころ、本件仮処分決定が被告神田支店に送達され、同年一二月九日、本件手形が被告に交換呈示されたので、被告の担当者は再度訴外中嶋に支払停止を求める意向であるか確認し、訴外中嶋の指示によつて本件仮処分を理由に本件支払拒絶をした(本件支払拒絶が訴外会社の指示によるものであることは当事者間に争いがない。)。

(六)  本件手形の支払期日である昭和五八年一二月九日当時訴外会社が被告に対して有していた当座預金の金額は一万五四五六円であつた(そのほかに、三万五四三一円の普通預金も有していた。)。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3(一) 本件仮処分の効力が仮処分の当事者以外の者である原告及び訴外組合には及ばないことは原告主張のとおりであり、取引停止処分の制度を有する現在の手形交換制度が、手形の信用(満期における手形金支払の確実さ)を維持するのに効果をあげ、手形の流通促進に寄与していることも原告主張のとおりである。

(二) しかしながら、本件手形の支払銀行である被告は、自ら手形上の義務を負つていたわけではなく、訴外会社との間の当座勘定取引契約、そのうちでも特に支払委託契約に基づき、訴外会社に対して、訴外会社が振り出した約束手形につき、訴外会社の当座預金を資金として支払をなす義務を負つていたにすぎない。また、手形交換制度も、交換参加銀行間で相殺処理をすることによつてできるだけ通貨を介さずに集団的な手形決済を行うことを本来の目的とするものであり、交換参加銀行が手形取引関与者に手形の信用を維持すべき義務を負うような性質のものではない。確かに、取引停止処分の制度は、信用のない手形を振り出す者を交換加盟銀行との取引から取り除くことによつて、手形の健全な流通を確保しようとするものではあるが、これも、被告主張のとおり、手形交換所を設置・運営している銀行協会の手形交換業務に関する自治規則(手形交換所規則、同施行細則)で、各加盟銀行が相互に、不渡手形を発行した者との取引を拒むことを義務づけているにすぎず、交換加盟銀行が手形取引関与者に対して直接何らかの義務を負うことを定めているものではない。

(三) 従つて、被告が、訴外会社との間の当座勘定取引契約や、手形交換所規則に基づき、原告及び訴外組合に対して、本件手形金を支払い、あるいは一号不渡事由又は二号不渡事由を理由とした支払拒絶をすべき義務を負つていたと認めることはできない。そして、前記2で認定したとおり、本件手形の支払期日(本件支払拒絶の日)に訴外会社が被告に対して有していた当座預金の金額は、一万五四五六円にすぎず、そもそも本件手形の決済資金が不足していたうえ、支払委託者である訴外会社は本件仮処分を理由とする支払拒絶を強く求めていたのであるから、被告は、訴外会社に対する関係でも本件手形金の支払義務は負つていなかつたものというべきである。また、〈証拠〉によれば、被告が請求原因に対する認否らで主張するとおり、本件支払拒絶当時の東京手形交換所規則、同施行細則の規定上は、本件仮処分のように債務者に限定して支払禁止を命ずる仮処分の送達を受けた場合であつても、支払銀行としてどのような取り扱いをすべきか迷う余地があり、本件類似の紛争が発生する原因となつていたので、社団法人東京銀行協会は昭和六〇年三月六日、東京手形交換所規則、同施行細則を改正し、手形面の最終権利者が仮処分決定主文中における債務者または裁判所執行官の場合に限り、不渡届の提出を要しない「○号不渡」とすることを明示したことも認められる。

(四) 以上のとおりであるから、本件仮処分の効力が原告及び訴外組合に及ばないからといつて、被告の本件支払拒絶について原告主張の損害発生との関係で違法性や過失があるとは認めることができない。

なお、異議申立預託金について付言すると、異議申立預託金は、同額の異議申立提供金を支払銀行から手形交換所に提供してもらうために手形振出人が支払銀行に預託するもので、その返還請求権は特定の手形債務の担保ではなく、振出人の一般財産の一部にすぎない。すなわち、仮に異議申立預託金が預託されても、手形債権者は、振出人の総財産の状態から、手形債権の執行が不能又は著しく困難になる危険がある場合(保全の必要性がある場合)でなければ右異議申立預託金の返還請求権に対して仮差押えをすることはできないし、逆に、保全の必要性があれば手形債権者に限らず、他の債権者も異議申立預託金返還請求権に対して仮差押えすることができるのである。従つて、手形債権者を害する目的で異議申立預託金の預託を免れさせた等、特段の事情がない限り、異議申立預託金を預託させなかつたからといつて支払銀行が手形債権者に対して不法行為責任を負うことにはならず、前記2で認定した事実からも明らかなとおり、本件ではそのような事情は何ら認められない(なお、前記2で認定した事実によれば、被告が「二号不渡」を理由に支払拒絶をしたとしても、訴外会社が異議申立預託金を預託したとは断定しがたい。)。

4  以上によれば、被告の不法行為責任の成立を認めることができないことは明らかであるから、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

四よつて、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官福田剛久)

別紙約束手形目録〈省略〉

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